僕のBlogを多少整理しました。
整理ついでに、以前から書きたいと思っているアイディアを素描すると、
僕が音楽・文学・思想の教育に関して抱いている基本構想は、「効率化→整理」です。
500冊の本に1ページずつ僕にとって価値のある文章があるよりも、
1冊の本に500ページが纏まっている方が500倍効率が良い。
音楽に関しては、CD300枚よりも、僕が価値あるテクニックが1枚に凝縮されている方が良い。それが、僕がピアノ曲に関して望んでいる事です。
インターネット/ブログを利用すると、そうした事が実現できるようになってきており、その観点からは、僕は良い時代に生きていると楽観視しています。
英語・フランス語に関しては、相当にそれが出来てきています。1冊の本・1時間のMP3があれば、それを繰り返し摂取すれば良いのですし、実際にそうしています。日本語なら差異が理解できますが、フランス語を理解できるほどの水準に達していませんから。
脳と皮膚のConditionが悪い・・・
僕はやはり劣悪な人間で、
「自分を変化/改革」するよりも「自分の理想像にコスト配分する」
方が合理的だと思います。
そこで大きな問題となるのは、体育会系の連中のメンタリティであって、
「自分の事は自分でやれ!!」「自分で努力しろ!!」
といったタイプの馬鹿ですね。
吐き気がする。これまでの人生で巨大な被害を受けてきました。現在はあまりそういう人間関係が無いので、幸せです。
Vさんが嫌う「100点」教師などもそういったタイプでしょうね。
もっとグローバルに見ると、以前から議論している「自分の遺伝子を受け継いだ子供を育てる」イデオロギーも、そうです。僕は僕が嫌いなので、自分と違うタイプの人間にコスト負担したいですよ。
何が悲しくて僕みたいな人間を育てなきゃならないのっと(笑)
2008-06-22
2008-06-18
ブログも僕はもっと流動的であるべきだと思っています。
僕もはてな以外にgoogleとgooに所有しているのですが、ほとんど機能していないので残念です。
Vさんのブログにコメントすると、必然的に「はてな」に従属してしまう、のが流動性の無さですね。「はてな」では、例えばコメントをRSS取得できないという、巨大な欠陥がある。それを考慮して、「はてな」アンテナから大量に削除しましたし、「はてな」ブログもRSSリーダーから多く削除しています。Vさんがコメント用のブログ=コメントをRSS取得できるブログを作成する意志があれば、僕が作成します。revoluさんも、ああしたコメントを大量に展開するスタイルなのですから、はてな以外にした方が良いと前から思っているのですが、なぜか執着していますね。
生きているのにまた疲れています。
ここ1ヶ月ほどの問題:
自分が愛好してきた文化が、自分にとってどのような価値を持っていたかが見えない
↓
Blind-Testを行って、各コンテンツの価値を確かめるべき
↓
例えば、MP3をランダムに編集して日常的に聴いています
ランダムに選んだ日本語の文章を1ページ読めば、どの程度の教養水準・当該の問題・・・などは判断しうる。それに対して、英語やフランス語を読んだ時には遥かに曖昧になってしまう、という問題です。
音楽に関して言えば、
僕は少年期からピアノ曲が大好きなのですが、聴き慣れた曲以外の曲を音声・楽譜で提示された時に、その曲の特徴/価値を判断する能力がどの程度あるか、を確認していきたいのです。
これは、前衛・実験芸術を扱う際に、とても重要な問題になりますね。単に奇抜で人を驚かすだけなのか、従来の論理を覆す論理性があるのか、という問題。
僕の場合には、数日前に提示したMP3-fileにある、Boulez/Stockhausenらのピアノ曲/室内少人数編成の楽曲が、単なる適当に弾いているだけなのか、それとも調性音楽では不可能で、かつ異質の価値の有る論理に基づいているのか、を説明し得るようにならなければ、それらを愛好しているとは言えない。
僕もはてな以外にgoogleとgooに所有しているのですが、ほとんど機能していないので残念です。
Vさんのブログにコメントすると、必然的に「はてな」に従属してしまう、のが流動性の無さですね。「はてな」では、例えばコメントをRSS取得できないという、巨大な欠陥がある。それを考慮して、「はてな」アンテナから大量に削除しましたし、「はてな」ブログもRSSリーダーから多く削除しています。Vさんがコメント用のブログ=コメントをRSS取得できるブログを作成する意志があれば、僕が作成します。revoluさんも、ああしたコメントを大量に展開するスタイルなのですから、はてな以外にした方が良いと前から思っているのですが、なぜか執着していますね。
生きているのにまた疲れています。
ここ1ヶ月ほどの問題:
自分が愛好してきた文化が、自分にとってどのような価値を持っていたかが見えない
↓
Blind-Testを行って、各コンテンツの価値を確かめるべき
↓
例えば、MP3をランダムに編集して日常的に聴いています
ランダムに選んだ日本語の文章を1ページ読めば、どの程度の教養水準・当該の問題・・・などは判断しうる。それに対して、英語やフランス語を読んだ時には遥かに曖昧になってしまう、という問題です。
音楽に関して言えば、
僕は少年期からピアノ曲が大好きなのですが、聴き慣れた曲以外の曲を音声・楽譜で提示された時に、その曲の特徴/価値を判断する能力がどの程度あるか、を確認していきたいのです。
これは、前衛・実験芸術を扱う際に、とても重要な問題になりますね。単に奇抜で人を驚かすだけなのか、従来の論理を覆す論理性があるのか、という問題。
僕の場合には、数日前に提示したMP3-fileにある、Boulez/Stockhausenらのピアノ曲/室内少人数編成の楽曲が、単なる適当に弾いているだけなのか、それとも調性音楽では不可能で、かつ異質の価値の有る論理に基づいているのか、を説明し得るようにならなければ、それらを愛好しているとは言えない。
Inscription à :
Articles (Atom)