2008-04-08

西田幾多郎「フランス哲学についての感想」

(引用者が一部改変の後、抜粋)

 デカルトといえば、合理主義的哲学の元祖である。しかし彼の『省察録』 Meditationesなどを読んでも、すぐ気附くことは、その考え方の直感的なことである。単に概念的論理的でない。
パスカルの語を借りていえば、単に l'esprit de geometrie[幾何学の精神]でなくて、l'esprit de finesse[繊細の精神]というものがあると思う。フランス哲学の特色は後者にある。
 フランス人は感覚的なものによって思索するということができる。感覚的なものの内に深い思想を見るのである。フランス語の「サンス」 sens という語は他の国語に訳し難い意味を有っている。それは「センス」 sense でもない、「ジン」 Sinnでもない。

フランス哲学独得な内感的哲学の基礎はパスカルによって置かれたかに思う。その「心によっての知」 connaissance par coeur は sens intime[内奥感、内密感、内親感]としてメーン・ドゥ・ビランの哲学を構成し、遂にベルグソンの純粋持続にまで到ったと考えることができる。
「センス」でもない「ジン」でもない「サンス」は、一面において内面的と考えられると共に、一面に社会的、常識的とも考えることができる。概念に制約せられない直感である。それは自己自身を表現する実在、歴史的実在に対する「サンス」である。

(引用者注:↑はよく理解できない)

(略)

 フランス哲学で合理主義といっても、単に概念的でない。デカルトが clare et distincte[明晰判明]という所に、既に視覚的なものがある。

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